最高裁判所第一小法廷 昭和52年(あ)1215号 決定 1978年3月08日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人植村泰男の上告趣意は、憲法三一条違反をいうが、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、自動車運転者の所持する国際運転免許証が不正手段で入手されたものであるからといつて、直ちに無免許運転罪の成立を認めることはできないが、本件の国際運転免許証は、適性を有することを実証した上で発給を受けたものでない以上、道路交通に関する条約(昭和三九年条約第一七号)二四条一項の運転免許証ということはできず、したがつてまた、道路交通法一〇七条の二の国際運転免許証ということはできないので、これを所持する自動車運転者について無免許運転罪の成立を認めた第一審判決及び原判決は、結論においては正当である。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(団藤重光 岸盛一 岸上康夫 藤崎萬里 本山亨)
弁護人植村泰男の上告趣意
一 原判決は、憲法三一条に反するもので破棄されるべきである。
二 憲法三一条は、いわゆる適正手続を規定する。即ち、同条項は、適正な証拠に基づいて判断されなければならないということである。この点、本件でいえば、本件被告人に無免許運転幇助が成立するには、本犯(正犯)者が無免許者でなければならない。換言すれば、証拠関係より本犯者が本件当時に無免許でないことが明らかであれば、被告人を有罪とした原審は、適正な証拠に基づいて判断された裁判とは言えない。以下、この点を検討する。
三 本件正犯者たる足助重範は無免許か、
本件正犯たる足助重範が本件運転時国内免許証を所持していないことは証拠関係より明らかである。そして、右足助が次のような国際免許証(以下、「本件国際免許証」という。)を所持していたことも明らかである。
本件国際免許証とは、
発給 フイリツピン自動車協会
番号 二九三九七―B
名義 足助重範
発給日 昭和五〇年九月一一日
である。右本件国際免許証につき、第一審判決は、
「不正手段で入手したフイリツピン自動車協会発給にかかる右足助あての国際免許証」(一丁裏、傍点引用者)
といい、原判決は
「不正に入手した免許証……」(三丁表、傍点引用者)
という。そして、右二判決は、国際免許証は、関係証拠及び右本件国際免許証自体より、フイリツピンの権限ある機関が足助重範に発給したことが認められながら、「不正に入手」したものであるから有効な免許証でないとし、道路交通法六四条違反に該当するとしている。
しかしながら、本件国際運転免許証は、関係証拠及び本件国際免許証自体より明らかなとおり、発給権限ある機関に発給を申請した本件免許証所持人にたいし発給されたものである。免許証自体は、偽造でも、他人名義のものでもない。適法な様式を備えた立派に適格な免許証である。このような免許証の取得手続の過程において、仮りに「不正手段」が使用されたとしても、免許証自体の適格性には何ら影響を及ぼすものではないと解すべきである。
以上の観点は、道交法第一〇〇条の規定の存在から見ても類推することができよう。
即ち、同条第一項は、「不正な手段によつて運転免許を受け……た者」にたいし、合格を取り消すことができるとし、第二項において「当該運転免許に係る免許はその通知を受けた日に効力を失うものとする」と規定する。
これらの規定から見ても、仮りに運転免許証が「不正な手段」によつて取得されたとしても、運転免許証としては、前記通知のあるまでは「有効」であるとされていることが明白である。
国内免許証についての右規定から見ても、また条理からしても、権限ある機関によつて申請者に発給され適法な様式を備えた免許証は、それ自体有効なものであるとするのが妥当であり、もしその取得過程に不正手段が使用されたことが明白となつた場合、道交法第一〇七条の五等の規定から類推して、上記の理由により、その時点から当該免許証の有効性を否認し、これによる運転禁止の措置がとられるべきであろう。そして「不正手段」について、これを行使した申請者にたいし、法令に従つてその罪責を問うことができるか否かは免許証自体の有効性には関係がないとするのが、免許証制度の社会的存在理由から見ても妥当であると考える。
以上のとおり、本件国際運転免許証がそれ自体として無効だとする証拠はない。イヤそれ以上に発給権限の点よりすれば有効であり、足助重範の所為を道路交通法六四条に該当するものではない。
よつて、右足助重範に右国際免許証を渡した被告人の行為も同法条の幇助ではない。
三 結語
以上のとおり、原審の本件被告人の所為を道路交通法違反幇助の認定は、適正な証拠に基づいた判断ではないので、原判決は憲法三一条に反する。
よつて、破棄されるべきである。